秋の虫の鳴き声が聞こえるのに、とても暑い今日この頃。

 今日は、熱いかつクールな話をしよう。

 

 劇場版 仮面ライダーアギト PROJECTG4 の話をしよう。

 まず、前提として私は幼いころに仮面ライダーを見ていたが、まず話を覚えていないし、最近は見ていない。

 そのうえで、感想を述べたい。

 この映画を見て、私は人間vsAIというよりも人間vs人間をこの映画は表現していると思った。

 

 確かに映画のラストシーンでG4が装着者が死亡した状態でも動き、それを人間である氷川誠が撃つが、これも人間vs人間であると思う。

 

 まず、G4の装着者の水城史朗は、自身のことを死を背負って戦うといっているが、まともな死生観を抱いていないと私は思う。

 国防とかアンノウン退治のために命を捧げるといえば聞こえはいいが、命を捧げるのは結果なのであって、目的にしてしまえば倒錯した使命感でしかない。

 一方、氷川は、翔一のように無条件に生を背負えないが、死は背負わない人物だ。氷川は水城とは打って変わって、我々視聴者に近いのではないだろうか。

 なぜなら、現実では死を背負うなんてやらないし、無条件に自分を肯定できるか、と言われたら、答えあぐねるものもいるだろう。

 

 つまり、この映画は水城と氷川の戦いを見ながら、人間ってなんぞや、と問いかけられる作品だ。

 

 映画の自衛隊はとても悪者である。身寄りのない子供を超能力実験のために誘拐したり、計画のために無関係の人間を拉致したりと悪行の限りを尽くしている。

 つまり、この作品の悪役は目的のためならば手段を問わない者たちのことである。そして、彼らはG4システムやAIという道具に魂を売り渡したのだ。

 このように考えた結果、人間vsAIよりも人間vs人間という気がしてきたのだ。

 グダグダ感想を述べてしまったが、面白かったから見てほしい。