日の名残り 感想
「あの時、こうしていれば良かった」
このように後悔したことの無い人間など、この世にいるであろうか。
今回、感想を述べる作品は、カズオ・イシグロ氏の「日の名残り」である。
まず、あらすじから述べよう。
品格を常に意識する老執事のスティーブンスは、短い旅路にイギリスの田園風景を見ながら、自分の人生を思い出す、という話である。
このあらすじを見ると、栄光にまみれた他人の話を読んで何が楽しいのだ、と思うかもしれない。
だが、その感想は物語を全て読むとひっくり返る。
結論を先に述べると、スティーブンスは理想を追いかけるあまり、等身大の自分を常にないがしろにした人間である。
スティーブンスの主であるダーリントン卿は、ナチに共感したことで屋敷のユダヤ人を解雇した。スティーブンス自体は、ユダヤ人解雇に反対だと釈明――この物語は一人称であり、また「信頼できない語り手」でもあるため、本当にそのように思っているかは定かではない――しているが、主には反対という意見を出していない。それも自分は意見するべきではないという理由である。
また、品格のある執事は情欲など抱かないとでもいうように、女中のアピールを無視する、そっけない態度をとるなど、面白いエピソードもある。
スティーブンスの父親が死ぬ場面では、「私は良い父親か」と聞くのにも関わらず、「仕事です」とか「元気でなにより」と会話が合わないことに戦慄を覚えた。
そして、スティーブンスはいろいろ後悔して海辺で泣くが立ち直り、前向きに生きようと思う。
スティーブンスは切実だが事実を語ってはいないだろう。
だが、読者である私たちは、必ずしも世界のすべてを見ることはできないし、意識的であろうが無意識であろうがゆがんだピントを通して「セカイ」をみているのだ。
スティーブンスが「品格」を通して「セカイ」を見ているように。
やはり、私は一人称小説が好きである。
一人称ならではの切実さが好きだし、うそを交えることで真実味が増すのが良いと思った。
以上が感想である。
いい年して、さらに言えば晩年になって自分を見失う老人の話は面白かった。
やはり、小説は面白い。
皆さんも読んでみてはいかがであろうか。